パイマッチ(πマッチ)を出力最大に調整してはいけない理由
真空管式送信機、真空管式トランシーバ、特にHF機のファイナル回路の調整方法の話です。
真空管機では、送信終段回路(ファイナル)とアンテナ(負荷=LOAD)との整合、そしてスプリアス抑圧のために
πマッチと呼ばれる回路が入っています。
そしてここにはPLATE LOAD(写真ではLOADING)なんていうつまみがありまして、
これをちゃんと調整しないと、出力が出ず、ファイナルを壊してしま事もある訳ですが、
ここでは、その調整方法についてまとめてみました。
左がPLATE同調(PLATE VC)、右が負荷側(LOAD VC)の調整つまみです。
π回路では、この両者の間に、コイルがありますが、ここは固定値、バンド毎に切り替わるようになっています。
さて、このπ回路、皆さんはどのように調整しているでしょうか?
よく言われている調整方法
PLATEは運用バンド付近、LOADは左廻し切りで始めるとして
その1
- 送信してプレート電流が減少するポイント(ディップ点)にPLATEつまみをセット
- 送信してLOADつまみを右に回し送信出力最大にする
- 1,2を繰り返し。出力が増えなくなったら完了
これが一番多いのではないでしょうか。
その2
- 送信して出力最大の処にPLATEつまみをセット
- 送信してLOADつまみを右に回し送信出力最大にする
- 1,2を繰り返し。出力が増えなくなったら完了
こういう方もいらっしゃると思いますが・・・・
その1はほぼ正解。ただし、以下の事もご存知の場合に限りますが・・・(下記、達人の話をご参考に)。
その2はダメです。一番出力が出ますが、これをやると球が早くボケます。Iも出やすくなる。
正しい調整方法
では、正しい調整方法はというと、
その3
- 送信してプレート電流が減少するポイント(ディップ点)にPLATEつまみをセット
- 送信してLOADつまいを右に回し電流を少し増やす。(規定値よりほんの少し多めに)
- 1,2を繰り返し、ディップした時のプレート電流が規定値に落ち着いたら調整を終了
大事なことは、出力で調整しない、電流を流しすぎないという事になります。
え?○○というリグの取説にはこんな記述は無い?
まあ、そうなんですね。この調整方法は他が万全でないとダメなので分かりにくいのです。
また、出力を確認しない調整方法は指示しにくかったという事もあるのかもしれません。
その4
- 送信してプレート電流が減少するポイント(ディップ点)にPLATEつまみをセット
- 送信してLOADつまみを右に回し送信出力最大にする
- 1,2を繰り返し。出力が増えなくなったら完了。ただし、プレート電流が規定値を超えないように
こんな書き方でお茶を濁してあるのが普通です。
では、なぜ、出力最大に調整してはいけないか・・・。
それは、πマッチの動作を解析すれば事情が判ってきます。
πマッチを解析すると・・・
πマッチの動作を簡潔に書くとこんな感じです。
インピーダンスを一旦50Ωより下に下げ、もう一度上げることで、
広い範囲で整合できるように、そして高いQを取れるようになっています。
だから、整合器とフィルタを兼用できるのですが・・。
さて、プレート電流が規定値(取説指示の設計値)、でももっと出力を絞り出す時に何をしますか?
LOADつまみを右に少し廻しますよね
こうするとLOAD VCの容量が減り、Xc(バリコンのリアクタンス)が増加します。
更にPLATEつまみもほんの少しだけ右に回すとパワーを絞り出すことができます。
これを昔からLOADを重くすると表現してきました。
こうするとパワーは少しだけ増えますが、同時にプレート電流も増えます。
LOADを重くするという事は・・・
では、この操作では何が起きるのでしょうか?
それはπ回路の状態を比較してみるのが早道です。
真ん中のLは固定ですから、Lを固定にして、設計値で動作している場合と、
LOAD VCの容量を増やし、なおかつPLATE VCを最適状態(共振状態)に調整した時の状況を
比較すれば良いわけです。
こことここから、
データはコピーさせていただきました。どちらもπマッチ回路の定数を計算したサイトです。
まずは、7MHzで一旦最適状態になった後に、LOAD VCの容量を半減させた(負荷を重くした)場合の
状態変化を見てみましょう。どちらも出力最大(=共振)です。
7MHzの計算例
LOAD VC(pF) | L (μH) | PLATE VC(pF) | Q | PLATE INP(Ω)
|
292 | 12.6 | 43 | 15 | 8000 |
147 | 12.6 | 42 | 12 | 6500 |
---|
共振する際のPLATE VCの容量は微減しています。Qは15→12に低下。
そしてプレートインピーダンスは8kΩ→6.5kΩに低下しています。
プレートインピーダンスが低下するとプレート電流が増えますから、出力が増えるという訳です。
もうひとつ計算してみましょう。上が最適状態、下がLOADを重くした場合です。
Xcでの計算例
LOAD VC Xc(Ω) | L Xl(Ω) | PLATE VC Xc(Ω) | Q | PLATE INP(Ω)
|
53.2 | 423.2 | 400 | 15 | 6000 |
71.3 | 423.2 | 402.5 | 12 | 4830 |
---|
これは容量ではなくリアクタンスで表示してある事に注意してください。リアクタンス増=容量減です。
やはり、回路Qやプレートインピーダンスが下がっています。
LOAD VCを本来よりも少ない容量にセットし、PLATE VCを調整して出力最大(共振状態)に調整すると、
プレートインピーダンスが最大点から低下します。
もともとリニアリティの良いSSB送信回路ですから、回路負荷が減ればプレート電流が増えます。
出力増よりも電流増の方が顕著なのでプレート損失が増加し、終段管には余計なストレスが掛かります。
また、インピーダンス変換比が減りQが低下するためにスプリアスも増えます。
設計値による最適状態から動作点を変えたのですから、まあ、当然と言えば当然の結末なのですが、
最適状態ではないところに最大出力点が生じる!、これが回路内に於けるπマッチ調整の要注意点です。
これはディップ点(プレートから最も効率よく出力が取り出される点)が共振点でない為に
起きる現象で、最初のディップ点よりもほんの少しLOAD VCを抜いたあたりでディップさせる事で得られる最大効率点、
すなわち、ある程度プレート電流が流れ、出力が得られ、無駄な電流も少ない点が最良調整点です。
これ以上出力を取り出そうとすると出力はホンの少し増えますが、
それ以上にプレート電流が増え、損失が増加してしまいます。
上記、参考にしたサイトには、今回の計算そのものは存在しません。サイトの複数のデータから組み合わせました。
実はこの計算は簡単にはできないのです。
何故か・・・。それはLを固定にするという前提条件がとても厄介だからです。
たぶん、それが原因なのでしょう。私はいままでこういう計算を見たことがありません。
嘘だと思ったら是非、同じ計算にチャレンジしてみてくださいhi。
なお、参考サイトに無い中間値は、計算時に比例按分で出しています。
実際に達人がやっていたことは?
ここで、あれ?おかしいな?と、思いませんか?
ささ!っとチューニングするOMさんって居ましたよね。両手で5秒なんて名人芸も。
でも、球を壊す事が無い。
これは、昔から言われていた「LOADを重くしすぎてはいけない」という話、そして経験則から
あまりLOADを入れないように意識して出力最大で調整をしていたのだと思われます。
(出力最大で済ますのは中和が取れていることが大前提です)
もしくは、プレート電流のディップ→LOADで出力最大の調整を2回程度で止めていたか。
どちらでも結構良い処に落ち着きます。出力最大を求めすぎなければ何とかなる訳です。
あ、なんでプレート電流がディップするか知っていますか?
ディップする理由を知っていると、LOADが重すぎるときにディップしなくなる理由
そして、その状態で運用してはいけない理由もわかるようになります。
それから、RF-NFBを採用したリグでは、直接出力最大に調整しても最適調整点からほとんどずれません。
πマッチの例外だと思ってください。
この理由は簡単で、電流増による出力増効果が負帰還量の増加で相殺されてしまうからです。
ドライブ入力が増加していない中での出力増は利得の増加という事になりますが、
増加分だけ負帰還量が増え、負帰還を戻すドライバのカソード電位も上がるので、
見かけ上の入力が減って出力を減少させるように動作します。
これは利得を一定にするという負帰還回路の基本的な動作で、歪が改善される理由もここにあります。
πマッチ自体は負帰還ループの外側に居るのですが、
入力一定→出力増(=利得増)→入力減→出力減(=利得減)→利得一定 という現象が負帰還ループ内でおきます。
まあ、こんなややこしいことを考えなくても、
プレート電流がほとんどディップしないぐらいLOADが重すぎる状態での負帰還の状態を想像すれば理解できる筈です。
ただし、Qの低下によるロス減、これに起因する出力増(無視できる量)は発生します。
では、最後に機種当てクイズ(笑)
全部πマッチを使ったHF機です。メーターだけで機種名を当ててください!。
いきなり難問!?、いえ、電流目盛りをよく見れば分かるはずです。
これは簡単ですね。答えは2つあります。
実は難しい!。右に少しだけ写っているものは何でしょうね。
この機種自体を知らない方もいらっしゃるかも・・・。これも良く目盛りを見てください。
なんと!、最後はサービス問題。下の切り替えスイッチが大ヒント!。パワー表示はありません。
あ、Igが無いとこのリグはドライブ回路の調整が困難なんです。
なにしろ途中で逓倍してますから・・・ヒント出しすぎですね。ここで終わり!。
回答はこちら
追加! わかりやすい図をひとつ・・・・
1984年夏号のHAM Journal誌にJA1FG 梶井OMが寄稿したπマッチの動作についての図を見つけました。
わかりやすいです。
ディップを取る(=純抵抗にする)PLATEつまみ操作と、パワーを出すLOADつまみ操作での
プレート側の虚数分の偏移が書かれています。
この説明では定格動作になる点Hを調整終了としています。Gでは無いことに注意してください。
もちろん、KでもLでもありません。
・・・実は、Hとしていることについては他の文献と微妙に合わないのですが・・・
多くの文献ではFとGの間、もしくはHとIの間の、定格出力点としています。
LOAD調整で負荷を与えて、PLATE調整で純抵抗にする、この最後の
純抵抗点が定格点としているのですが、御存じの通り、この資料の最後の操作は
必ず出力の低下を招きます。
いずれにしろ出力最大点は純抵抗では無く出力最大に調整してはいけないのです
この図では同調調整の線の長さがディップ量の目安を示しています。
ディップがわからなくなるぐらい・・・つまり、重すぎるLOADがK、L、ここまで絞り出してはいけません。
ここの方が出力は大きいのですが。
この点でも、出力最大に調整してはいけないのです。
上記、達人チューニング法で「最初からあまりLOADを入れない」というのは、
この図では負荷調整の量を減らして早くGにもっていっていることを意味します。
この図で明朝体で書かれている説明は私の追記です。
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