八重洲無線の一号機は?

 

ホームページのリードに書いていましたとおり、八重洲無線のトランシーバー1号機をずっと調べていました。
情報を頂いた方、ありがとうございました−−−−って、実はどなたからも情報はありませんでした(笑)
で、今までにわかったところですが......とりあえず年表形式で並べてみます

1966年6月、CQ誌7月号にFT-100の紹介記事。当時のCQ誌にしては珍しく、
      筆者は八重洲無線技術部
     (当時はメーカーの紹介記事でも、その社のだれかがコールサイン入りで記事を書いていた)
     輸出用とのことだが、実際に輸出した形跡無し!

1966年11月、CQ誌12月号に、価格明記の上、FT-100の予約開始の広告
      FT−200、FT−50もお問い合わせ下さい とある。
      このとき、アメリカの代理店でも予約受付開始。

1967年1月 CQ誌1月号にFT−50の紹介記事。筆者は編集部
      つまり、実機が貸し出されている

1967年4月 各販売店広告にFT-50が現れる。工場直売のFT-100は当然見あたらない

1967年8月  FT−100の輸出を確認
       その後FT−150(150W)も一時海外で売られた

1967年12月 FT-DX-400世界同時発表。数ヶ月後に出荷

1968年中旬 FT-100がマイナーチェンジ。パネル面がFT-DX100と同じ配置に。
       海外ではFT-100B

と、いう、流れになります。
で、気になるのが1966年7月号のFT-100の記事ですが、実はこの時米国では
世界初のトランジスタ化トランシーバーとしてSB-34が紹介されています。
で、これに合わせて試作品を発表したというのがどうも真相のようです。
というのは、この時のFT-100とその数ヶ月後のFT-100ではかなり本質的なところが
変わっているのです。しかも、FT-100はこのSB-34に酷似した部分があります。

FT−200の予告広告が異常に早かったり(最終的な開発者はまだ入社すら
していません。つまり、このリグの開発は一度コケている可能性が高い)
しているところを見るとどうも、当時の八重洲無線は、開発を始めた時点で
予告を出していた可能性があります。
つまり、広告や紹介記事だけを見て判断すると危ないという事です。

え?結論ですか?声を大にして言いましょう

今残っている資料だけでは、出荷順までは
はっきりとはわからないと言う事だけがわかりました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お粗末さまでした・・・ 

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